「勇気がなくて、〇〇できない」みたいなことを言う人は多い。
そういう発言に、どうしても納得がいかない。
何かするのに「勇気」って必要だろうか?
そもそも「勇気」なんて存在するのだろうか?
勇気ではなく、開き直りで人は行動する
オレは元々とても内気な少年だった。
思春期で色々敏感になってた高校時代なんて、休み時間に友達に話しかけることさえできなかった。
いや、ホントに。
色々考えて考えて考えすぎて、ただ同性の友達に話しかけることさえできなかったのだ。
変わったのは大学に入ってからだ。
都内に一人で上京してきた。
同じ高校から同じ大学に入った人もいたけど、高校のときはほとんど話したことさえない人たちで、話すことはほぼ皆無だった。
孤独だった。
そして寂しかった。
寂しすぎておかしくなりそうだったので、色んな人に話しかけた。
というか、話しかけざるを得ない状況だった。
そのときから自分に言い聞かせている言葉がある。
「死ぬわけじゃない」
そう、人に話しかけて、たとえムシされても引かれても、別に死ぬわけじゃない!
何も気にすることはない!
何度も何度も自分に言い聞かせながら、毎回開き直るかのように人に自分から話しかけた。
同じように、「死ぬわけじゃない」と開き直りながら、色んなサークルに入った。
徐々に友達が増えていった。
そうしてたら、なんか知らぬ間に行動力がついていたのだ。
気づいたら、バンドサークルの代表になり、自分でメンバー集めてお客さん呼んでライブするようになり、果ては路上ライブして警察に注意されて指紋を取られた。
(ちなみに今こうしてブログ書いてるのは、バンドしてるときにホームページ作ったのだが、そこで日記を書いてたときの名残だ。)
恋愛にも積極的になり、合コンに行き、クラブにも行き、果てはホストのバイトまでしてしまった。
そんなオレからすると、勇気という言葉は行動の源泉ではない。
勇気ではなく、開き直りだ。
開き直りで人は行動するのだ。
開き直って行動していれば、あれこれ考える前に行動できるようになる
開き直って行動していて思う。
行動していれば、行動することに慣れる。
最初は「死ぬわけじゃない、死ぬわけじゃない、死ぬわけじゃない…」と自分に言い聞かせながら行動していたのだが、最近では違う。
「あ、あれやろう!」と思った瞬間に動いている。
開き直っていない。
まして、勇気を出してもいない。
計画もざっとはするけど、そんなにしない。
なんというか、思考と行動が一致しているような感覚だ。
やろうと思ったから、やる。
ただそれだけだ。
要するに慣れなのだ。
行動していれば、行動することに慣れて、あれこれ考えずに行動できるのだ。
勇気なんていらない!開き直って、さっさとやれ!
以上、まとめよう。
行動するのに、勇気なんていらない。
てか、勇気なんてそもそも存在しない。
勇気があるとかないとか、そんなどうでもいいことは考えなくていい。
開き直って、やっちゃえばいいのだ。
あなたが何をしたいかは知らないけど、それやったって死ぬわけじゃないでしょ?
何を気にする必要があるのよ?
失敗したら恥ずかしい?
気まずい?
そんなのいずれ忘れるし、みんなにも忘れられるよ。
てか、恥ずかしいから、気まずいからって、一体何が困るの?
恥ずかしいと、気まずいと死ぬの?
死なないでしょ?
そして行動してれば、いずれは行動することに慣れる。
そのうち、あれこれ考える前に行動できるようになる。
勇気なんていらない。
開き直って、さっさとやる。
必要なのはそれだけだ。