子どもは、なんというか…生き方がシンプルである。
腹が減れば、泣く。
おもちゃに飽きれば、泣く。
ほっとかれると寂しくなって、泣く。
自分の思い通りにならないと、泣いて思い通りにしようとする。
何もしないのも努力
ということで、タイトルの話。
昨日「努力は必要ない」と書いたが、そう言うと「じゃぁ何もしなくていいのか?」って思う人もいそうだが、そういうことではない。
(関連記事:努力は必要ない。努力しまくった結果、思うこと)
だって、何もしないって大変じゃん?
四六時中一人で家でゴロゴロしてたら、飽きるし、寂しくなるし、空しくなるじゃんね?
変な言い方だが、何もしないというのも、ある意味では非常に努力が必要だと思うのだ。
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好きにすればいい
腹が減ったらメシを食い、眠くなったら寝て、うんこしたかったらトイレに行くように、寂しくなったら友達と遊んだり、飽きたら別のことをすればいい。
本当は彼氏・彼女がほしいのに、出会いを作らないのはおかしい。
「合コンなんて行ったって、どうせいい人がいない」と、行ってもいないのに決めつけるのもおかしい。
「どうせ男(女)なんて…」とどこかで聞いた情報だけで自分をなぐさめるのもおかしい。
自分の気持ちに正直になって、やりたいことはやればいいのだ。
その過程で、面倒なことがあったり、失敗したり、傷ついたりすることもあるかもしれないが、それが生きるのに必要な努力である。
必要な努力と不要な努力の見分け方は簡単。
自分がやりたいようにやればいい。
その中で、努力しなければいけないこともあるって話だ。
言われたことではなく自分の気持ち
ただ一つ気を付けてほしいのは、あくまで自分が好きなようにするってこと。
どこかのだれかに言われたことではなく、立派な人がどっかに書いてたことではない。
赤ちゃんが、
「あなたの月齢だと、まだあと一時間はお腹が空くことはないから、ミルクをほしがるのはおかしい。」
って言われて、
「確かにそうかもしれない。
泣いてミルクをほしがるのはやめとこう。」
って思ったら変じゃん?
たとえがいいか悪いかわからんけど、まぁそういうことだ。
大事なのは、自分の気持ち。
それだけ信じてあとは好きにやれば、勝手に必要な努力ができて、不要な努力はしなくなるはずだ。