先日カフェにいたら、上司と部下らしい男性二人組がいた。
席がすぐ隣だったので、二人の会話が耳に入ってきた。
「お前、この前の選挙行った?」
「いや、行ってないです。」
「ダメだよ。
若い奴がちゃんと選挙行かないと、この国はうんぬんかんぬん…」
要するに、説教だ。
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説教しても逆効果
いっつも思うんだけど、説教って意味ないよね?
だってさぁ、説教されたらむしろやる気なくならない?
「選挙行かないとダメだよ」って言われて、
「たしかにその通りですね!
次回は必ず行きます!」
なんてならないじゃん?
むしろ「うるせーなぁ」って思って「選挙なんて絶対行かねー」ってなりかねないじゃん?
「表現」と「表出」
「表出」って言葉がある。
どういう意味かって、自分が言ってすっきりするってこと。
それによって相手がどうなるかは関係ない。
「表現」は違う。
相手に働きかけて動かすってこと。
つまり、説教って表出なんだよ。
自分が言いたいこと言って気持ちよくなるだけで、相手の行動には何の影響も与えない。
(逆効果になることとか、嫌われる可能性は高いけどね。)
本当に選挙に行ってほしかったら、言い方を変えなきゃいけない。
例えば…
考えないと人は動かない
オレだったらこう言うな。
「オレも選挙なんか行っても意味ないと思ってたんだけど、一回行ったらもうじいさん、ばあさんしかいないわけ。
それで気づいたんだよ。
選挙のポスターにやたら「介護・福祉の充実」とか「バリアフリー」って書いてあるのはそういうことだな、って。
政治家って当選しなきゃ無職になるわけじゃん?
そしたら、自分に投票してくれそうな人にウケる政策を掲げるわけじゃん?
じいさん、ばあさんばっかり選挙に行くとなったら、老人だけが優遇される政策だらけになっちゃいそうじゃん?
それってイヤじゃない?」
どうよ?
選挙行かない人も「行ったほうがいいかも」って思ったんじゃない?
人を動かすには、ちゃんとどう言ったらその人がやる気になるか考えなきゃダメってこと。
説教なんて意味ない。